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名古屋地方裁判所 昭和36年(ワ)1597号 判決

原告 山本幹夫

原告 山本鈴代

右両名訴訟代理人弁護士 太田耕治

右訴訟復代理人弁護士 大場民男

被告 東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 高木幹夫

右訴訟代理人弁護士 高野篤信

同 鷲見弘

主文

被告は、原告両名に対し、それぞれ金二十五万円及びこれに対する昭和三十六年十月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告主張の請求原因二の事実及び三の事実中亡山本順子が苦悶の表情を示したとの点を除くその余の事実はいずれも当事者間に争いがない。そうとすれば、訴外鈴木国太は加害自動車の保有者として自動車損害賠償保障法第三条によつて原告等の蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

そこで原告等の蒙つた損害額について考察する。

(一)  原告等が夫婦であつて、亡山本順子が昭和三十三年四月十八日出生の原告等の二女であることは当事者間に争いがない。

(二)  証人内藤正彦の証言と原告幹夫本人尋問の結果とにより成立を認めうる甲第一号証に、同証言同原告本人尋問の結果によれば原告幹夫は亡順子の葬儀に参集した部落の人や土葬の穴堀り人夫等のための酒さかな等の代金として訴外桝屋商店に対し合計八万七千四百四十六円を支払い、更に菩提寺の訴外円通院の僧侶に対し読経料として金一万二千円を支払つたこと亡順子の石塔一基を建立しその代金一万八千円を支払つたこと右は原告等の生活程度(原告幹夫は旅館業兼雑貨商を営み月収約三、四万円であり居住地では中の上の水準の生活をしている)や土地慣習からみて分相応で且つ必要な出費であつたことが認められるから本件事故によつて原告幹夫は右十一万七千四百四十六円の損害を蒙つたものといわなければならない。

(三)  証人内藤正彦の証言原告幹夫本人尋問の結果によれば、本件事故当時原告等には亡順子のほかその姉一人弟一人の子供がいたが、亡順子は健康で元気な子供であつて原告等もその成長を楽しみにしていたこと原告幹夫は工業学校中退原告鈴代は小学校卒業の学歴であるところから、子供達だけはせめて高等学校を卒業させたい心算でいたしその能力もあつたことが認められるので、本件不慮の事故によつて原告等の蒙つた苦痛も相当大なるものがあつたと察せられ、右事実と前記本件事故発生の経過原告等の社会的地位、職業その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮し、慰藉料の額は原告等各自につきそれぞれ金二十万円を以つて相当と認める。

(四)  次に原告等は、亡順子よりその慰藉料請求権金五十万円を各二分の一の割合で相続した旨主張するけれども、慰藉料請求権は一身専属的性質を有し相続性をもたないものと解すべきであるから、右と見解を異にする原告等の主張は採用できない。(もつともかく解すればとて原告等は民法第七百十一条によつて近親者としてその固有の慰藉料請求権を行使しうるのであるから原告等の保護に欠くるところはなく、又慰藉料請求権の相続性につき右のような見解を採つたことは原告等に対する前記慰藉料額算定について一の考慮すべき事項としたことを附記する)。

(五)  亡順子は死亡当時二年十一月の健康体であつたから、その平均余命が六十四年余であることは顕著な事実であるところ、前記のように原告等は亡順子をして高校を卒業させる意思と能力があつたからもし順子が生存していたならば高校卒業後労働に従事して収入を得られたものと認められるので亡順子の得べかりし利益の喪失による損害額は同女が高校を卒業する年である満十八才の女子の平均労働賃金を基準としてこれを算定しうるものと考えられる。ところで特段の事情の認められない限り通常女子は右年令から六十才に達するまで各種の労働に就労可能であるものというべく、成立に争のない甲第三号証(労働省労働統計調査部昭和三十五年度賃金構造基本調査書)によれば、満十八才の女子の得る平均月間現金給与額は八千百四十四円であることが認められるので、亡順子の取得すべかりし総収入は右八千百四十四円に稼働可能の月数を乗じた金四百十万四千五百七十六円となる。右からその間の亡順子本人の生活費としてその七十パーセントを控除すれば純収入は金百二十三万千三百七十二円となるが(尚被告は満十八才に達するまでの生活費、学費を控除すべきである旨主張するけれども、右は被害者である亡順子自身の免れた将来の出費と目することはできないから、右を控除すべしとする被告の主張は採用しない)これを一時に請求する場合であるからホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すればその現在額は金三十一万五千七百三十六円となるから、亡順子は訴外鈴木国太に対し最少限度右金三十一万五千七百三十六円の得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を有していたもので、原告等はその直系尊属として右損害賠償請求権を各二分の一宛相続したものというべきである。

(六)  被告は、母親である原告鈴代が被害者順子に全然注意を払わず放置して顧みなかつた点も本件事故発生原因の一であるから損害賠償額を定めるにつき斟酌すべき旨主張するので判断する。原告幹夫本人尋問の結果によれば、前記バスから降りた原告鈴代は迎えに来た亡順子の手は引いてはいなかつたが、加害自動車がバスとすれ違うため一旦後退して約五分間停車し更に道路の片隅へ前進停車したので再び後退するとは考えず道路右側を通つて近くの原告等方へ帰りかけたこと訴外鈴木国太は最後の後退に際し何ら警告も与えず急速に後退したことが認められるので、原告鈴代としては親として幼児である亡順子の挙動に深く注意してその監護を全うすべき点についていささか欠くる点のあつたことは否めないが、右過失は右事情に照して極めて軽微なものであり自動車損害賠償保障法第三条が結果責任に近い主義をとつていることと考え併せ、被害者側の過失として損害賠償額の算定につき斟酌する必要があるものとは認め難いから、この点に関する被告の主張は採用しない。

(七)  最後に、被告は本件につき愛知共同査定事務所に査定を委任し、右事務所は両親である原告等に対する慰藉料金十万円(一人につき金五万円宛)、被害者自身の財産的損害金五万円、葬儀費金二万円相当と査定したが、右査定額は全国の標準査定額であつて全く相当であると主張するので一言する。被告が共同査定事務所において査定基準によつて公平に査定したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一、第二号証、証人高羽直、日比一良、海老名惣吉の各証言によれば、被告をはじめ各保険会社は自動車損害賠償責任保険共同本部を東京都に設け、下部機構として各都道府県に共同査定事務所を設け、昭和三十一年六月自動車損害賠償責任保険損害査定要綱を作成(その後一部追加改訂)の上、保険会社査定所以外部外秘扱いとして、全国的に右基準によつて査定をしていること、そして右査定要綱によれば、死亡者の父母に対する慰藉料は一名につき一応五万円を標準として決定することとされ、死亡の場合における本人の財産的損害として本人が無職者で小児の場合の標準額は五万円とされ、右は大学生の標準額を二十万円として順次てい減し高校生の標準額を十五万円、小学児童、中学生の標準額を十万円としたことによつて定められたものであること、葬儀費として被害者の生活程度を考慮し社会通念上妥当なる費用但し葬儀費の範囲は通夜、祭壇、火葬、埋葬、回向に要する費用とし、石塔、墓地の費用は除かれていることがそれぞれ認められる。しかし、当事者が査定事務所の損害賠償額の査定に対し不服があれば、結局民事訴訟により裁判所がその認定をすべきことになるが、右査定基準はその際の一資料たるを失わないけれども、被害者側はもちろん裁判所を拘束するものではなく、裁判所は独自の見地から損害賠償額を算定すべきである。而して当裁判所とその見解を異にする被告主張の金額は相当とは認められないし、殊に原告等に対する慰藉料額は不当に低い算定であると断ぜざるを得ない。

(八)  以上の次第で、原告幹夫は金四十七万五千三百十四円、原告鈴代は、金三十五万七千八百六十八円の損害賠償請求権があるというべく、本件加害自動車には死者の場合最高限度五十万円の責任保険関係が成立していたことは当事者間に争いがないから、被害者側である原告等は、保険会社である被告に対し直接右保険金額の限度内であるそれぞれ金二十五万円の損害賠償金額の支払を請求できるものというべく、被告は、原告両名に対してそれぞれ金二十五万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和三十六年十月四日から支払ずみで民事法定率年五分の割合により遅延損害金とを支払うべき義務がある。そこで原告等の本訴請求を認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山武夫)

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